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2014年10月30日

戦争遺跡調査『三浦集落』

平成26年10月8日(水)
加計呂麻島民泊協議会さんと戦争遺跡の合同調査を行いました。

加計呂麻島民泊協議会は、
・加計呂麻島の民家に泊まり様々な体験を行う
・島の歴史や文化に触れ合う
・シマの素材を使ってモノづくりをする

ということを目的とし、2012年から活動されています。
これまで、学生サークルの方々などの利用があり、加計呂麻島の歴史や文化を学び体験する場として活用されています。




加計呂麻島在住の方々や現地ガイド、山や植物の専門の先生方も含め12名の参加となりました。


この日、向かった先は、加計呂麻島の『三浦集落』
第十八震洋隊が配備された『呑之浦』から、湾を二つ隔てた湾奥のひっそりとした場所に位置します。
2000年には、仲田浦で、第十七震洋隊(三浦基地)の「格納壕」が6つ確認されています。



今回の調査地は、なかなか歩いては行けない場所にあるので、
調査は、大潮の干潮時間に行われました。


干潮時間帯でも、この水位。



崖を登ったり下ったり。

滑らないように皆で声をかけて進みます。



海から見たらこのような風景ですが、

このアダンなどの林の奥に



二つの『格納壕』を確認。






壕の方位や略測も行いました。

軽く叩いてみると、床下の音に違和感があり、空洞になっているような場所もあり、
レールなどがあったのかも?と調査メンバーで推測しました。



三つ目は、離れた場所で確認できました。

入口付近は、残念ながら大量のゴミが置かれていました。



しかし、奥に入ると、内部の状態に驚きました。

ほぼ崩れることなく、当時のままで保持されている状態でした。




壕を補強していたと思われる“木材”の破片が所々で見られました。




今回の調査では、4つの『格納壕』を確認することができました。




これまで、入ったこともない場所にどんどん入っていき、予想を超える調査量となりました。

観光地として整備されている『呑之浦』と同じような環境にある湾内に、
これだけの壕があったことに、驚きました。


今回は、民泊協議会の皆さんと共に調査をすることができました。
加計呂麻島在住の方々は『まずは、自分たちが知ること』と、とても勉強熱心。
その姿勢に感銘を受けました。


人が多ければ、調査地点も多くなり、様々なことに気が付きます。
こうして地元を知る地域の皆さんと協力して調査ができることは、とても素晴らしいことだと実感しました。



2014.10.08
加計呂麻島 三浦集落
埋蔵文化財調査員 正智子  


2014年10月25日

埋蔵文化財調査『実久集落』

平成26年10月2日(木)、埋蔵文化財調査で、
加計呂麻島の最西端『実久集落』へ向いました。


豊かな自然 実久ブルーの海 白い砂浜




この日は、クガツクンチ(旧暦九月九日)
実久三次郎神社大祭も開催されていました。

加計呂麻島といえば、“諸鈍シバヤ”ですが、
源氏と平家の伝説が残るこの加計呂麻島で、
同じ日にお祭りが開催されていることは、まだまだ知られていないことかもしれません。

加計呂麻島の
西(実久)では、源為朝の子『実久三次郎』が実久三次郎神社に、
東(諸鈍)では、『平資盛』が大屯神社に祀られています。


さらに、この実久集落は、戦争遺跡も多く残っている場所でもあります。
今回は、集落内の埋蔵文化財調査を行いました。


兵舎跡




貯水施設?
*実久戦跡調査は以前にも同行調査を行いました。記事は、コチラ
*構築された年代などは、『瀬戸内町の戦争遺跡について』で記しています。




埋蔵文化財調査では、とにかく下をみて歩きます。

集落内の畑や空き地には、すでに

新しい砂(土)が入っている土地もあります。
別の場所から土を持ってきている場合もあるので、このような場所で採集した遺物の判断は難しいそうです。




擂鉢(すりばち)のカケラ




今回、表面採集した遺物

土器(不明)、青磁(中国産)、褐釉陶器(中国産)、青花(中国産)、本土産陶器、沖縄産陶器、
本土産陶磁器、貝、ガラス
今回の埋蔵文化財調査によって実久集落では、少なくとも中世~近代の遺物を採集することができました。




≪実久集落 番外編≫

実久といえば、

珊瑚の石垣
ハカラメ(葉から芽)がとてもかわいいアクセントに。
場所場所で、石垣の積み方が違うのも面白かったですよ。




五右衛門風呂跡
(隊長が欲しいとつぶやいていました)
関連記事はこちら



一日(下ばかり見て)歩き疲れて、ふと海側をみると、デッキが!

実久には泳ぎに来るべきですね(涙)




シマ(集落)を歩いているといつもおもう。
「シマの美しい風景」

シマに暮らす人たちが、大事に手をかけているからこそだと感じます。
「シマを守る美しさ」

私たちがお邪魔するときは、ルールを守ってシマの風景を楽しみたいですね。


この日は、お祭りに来られていた方々からも、貴重なお話を聞くことができました。
シマ育ちではないけれど、島に帰って来たと思える雰囲気がこのシマの魅力
温かい空間にて調査をすることができました。
ありがとうございました。


2014.10.02
加計呂麻島実久集落
埋蔵文化財調査員 正智子  


2014年10月22日

諸数集落『ミキ作り』  クガツクンチ

平成26年10月2日(水)は、旧暦9月9日

加計呂麻島の諸数集落は、伝統行事『クガツクンチ』のために、『ミキ』を手作りしている数少ない集落です。
今回の『諸数のミキ作り』レポートを、諸数在住の須崎まさこさんに紹介していただきます。


*  *  *

奄美大島の昔から続けてられる年中行事の中に、
旧暦9月9日(クガツクンチ)があります。



旧暦9月9日には、各集落(地)の守護神(産土神)を参拝するのですが、
その際に「ミキ」をお供えします。

ミキの作り方は、各集落でも違うそうなのですが、
私の住んでいる加計呂麻島の『諸数集落』では、
現在でも集落の婦人たちが集まり、ミキ作りが行われています。

今回は、諸数の『ミキ作り』をご紹介します。

“ミキは、発酵飲料なので二晩寝かせる”と言うのが、昔からの習わしだそうです。

今年は、10月2日水曜日が旧暦9月9日にあたります。
この日に合わせて、9月30日の午前中にミキ作りが始まりました。


【其の一】
諸数では、朝できたてのお粥を持って集会所に集まることから始まります。

持ち寄ったお粥を、ひとつの大きな鍋に移します。



【其のニ】
お粥の中に分量の白糖を入れる。




【其の三】
お粥があたたかいので、すぐ溶けるので、よく交ぜてなじませる。




【其の四】
分量のサツマイモを薄くスライスして水でさらす。


ザルにとって水を切っておく。


サツマイモは、発酵させるために使うのですが、
この時期の気温などによって分量を調整したりしてるそうです。
涼しければ、サツマイモの量を増やし、発酵を促進させると言った感じですね。



【其の五】
水を切ったサツマイモをミキサーにかける。




【其の六】
ミキサーにかけたサツマイモの汁をお粥の中に投入してよく交ぜる。




【其の七】
全て合わせたお粥を少しづつミキサーにかける。




【其の八】
ミキサーにかけたものをザルで裏ごしする。




【其の九】
全てのお粥の裏ごしが終わったら、最後によく交ぜておく。


これで下ごしらえは終了。



【其の十】
ミキを瓶に移します。とてもなめらかでキレイな乳白色です。



【其の十一】
瓶の蓋には、バシャの葉(バナナの葉)を使います。



【其の十二】
バシャの葉をとめておくのには、藁で左巻きに編んだ縄を使います。

ミキ作りをしている間、敬老の婆ちゃん達が縄を編んでくれます。

神様にお供えする物には全て“左巻き”の縄を使うそうです。
相撲の土俵に使われている、太い縄も左巻きとの事。


これで準備は完了です。

【其の十三】
集落の祠で、二晩寝かせながらのお清め。

旧暦9月9日を待ちます。


*  *  *

さてここからは、10月2日(旧暦9月9日)のミキをお届けします。
当日の朝から、集落は大忙しです。

朝7時には、男の人達は集落清掃と土俵を整え、女の人達は力飯をつくります。



作業が終わってから、いよいよミキを開けます。

出来栄えはいかに?


縄をほどき、バシャの葉をとると、キレイに発酵して膨らんでました。

少し涼しかったこともあって、もう少し発酵して酸っぱくなっても良かったみたいです。

開けたミキは祠の前で、取り分けて頂きました。


この後は、集落の青年・壮年と産土神にお参りし、ミキをお供えしてきました。


この後は旧暦9月9日を祝い、
朝作った力飯を青年が土俵でお清めして、宴会が始まります。

諸数集落住民が集って続けられている年中行事の一つ
『クガツクンチ』



毎年こうして、
ミキを飲むことから始まり、食事をして語らい、お酒を飲んで、カラオケしたりして楽しみます。
少ない人数ですが、これからもずっと引き継いで続けていきたいですね。



『集落に伝わるミキ作り』をレポートしてみましたが、
昔は、白米も少なかったり、上白糖やミキサーなどの道具もなかったため
芋の分量が多かったり、黒糖を使ったりして作っていたそうです。
その為、粒も残って色のついたミキだったということです。
伝統は続きながら、時代と共に使う食材が変化しているようです。


レポート
諸数在住 須崎まさこ


*  *  *

島の人々が楽しみにしている行事のひとつでもあるクガツクンチ
同じ日には、諸鈍シバヤや実久三次郎大祭などが行われています。
集落によって、現在もこのように行事が続いていることは、シマの宝、まさにヒギャジマン!
記録をとることで、住むシマの伝統の変化が見えてくることは、面白いことかもしれませんね。


須崎さんレポートありがとうございました。


2014.10.02(旧暦9月9日)
加計呂麻島 諸数集落
  


2014年10月18日

埋蔵文化財調査『西阿室集落』

平成26年10月1日(水)、埋蔵文化財調査で、
加計呂麻島の『西阿室集落』へと向かいました。



『グリヤマ』より集落を一望



ミャーのガジュマルは、圧巻!


下を見て歩いていると、カムィヤキ発見!

カムィヤキは、本土の須恵器に似ていたため『類須恵器』と呼ばれていました。
徳之島で窯跡が発見されたため、カムィヤキは徳之島で焼かれたものと考えられています。



歩きに歩き、浜の端っこまできました。戦時中の壕も発見!
貝殻の採集や砂の採取も行いました。



今回、表面採集した遺物

土器、カムィヤキ、白磁(中国産)、青磁(中国産)、本土産陶器、
沖縄産陶器、本土産陶磁器、鉄滓、貝 など
今回の埋蔵文化財調査によって、西阿室集落では古代~近代までの遺物を採集することができました。




≪西阿室集落 番外編≫


今回の調査中には、冬鳥の

『ミサゴ』を発見しました!



さらに、こちらも冬鳥の

『サシバ』も!



さらに、

オオウナギが川にいるなんて!!



集落散策をしていると、

管理の行き届いた美しさ
訪れた人を楽しませるシマの雰囲気が、最高ですね!

はやくも冬の到来を知らせる野鳥にも出会えて、
季節の移り変わりを感じることができた調査となりました。


参考文献
「瀬戸内町の文化財をたずねて」 瀬戸内町教育委員会



2014.10.01
加計呂麻島 西阿室集落
埋蔵文化財調査員 正智子  


2014年10月10日

『実久三次郎神社大祭』

平成26年10月2日(水)旧暦9月9日(クガツクンチ)

加計呂麻島実久集落にて、『実久三次郎神社大祭』が開催されました。
現在は、敬老会も兼ねた豊年祭としても行われています。




祭りは、この実久三次郎神社から始まります。

保元の乱で敗れ、伊豆大島に流された鎮西八郎為朝は、
伊豆大島から琉球列島に渡ったという伝説があります。
この神社は、この鎮西八郎為朝とシマの女性との間に生まれた実久三次郎を祀っています。






社殿で、ミキ開きの儀式が行われた後、訪れた人たちが順番に参拝をします。
参拝を終えると、社殿の横で、ミキとヒモン(干物)を頂きました。
やっぱり手作りのミキは美味しい!






神社境内には、仮の土俵が作られています。






ここでは、廻しをつけた男たちが、三番相撲をとります。






その後、神人役を先頭に実久三次郎の御霊(位牌)を捧げ持ち、ホラ貝を吹きながら神社をあとにします。






神人役が塩で道を祓いながら、カミミチを進んでいき、力士たちも行列をつくりあとに続きます。






公民館前の大きなガジュマルの木の下で、塩でお祓いをしながら3周まわり、
“ヨイヤ~ヨイヤ~ヨイヤ~”の掛け声で、土俵のある公民館広場へ入場していきます。






“振り出し”
子供たちも加わり、終始なごやかな雰囲気に包まれていました。

今回、神社から始まり、カミミチを通って行う儀式を、私自身初めて見ることができました。





♪ ここは、加計呂麻・祭りシマ~ ♫
*余興の歌・加計呂麻巡りより

ということで、
島唄、婦人の踊り、相撲、フラダンス、歌(替え歌)などの余興がありました。
島人は、ほんとに芸達者さんたちばかり!



そんな中でも、
薩川小中学校の子供たちの活躍が、この祭りを特に盛り上げていました。


オープニングは、『薩川太鼓』








『実久棒踊り』













かっこいい太鼓のリズムと伝統の棒踊り!
元気な子供たち、熱心な先生、父兄の方々が息を合わせて実演。
来年は、青年団の『棒踊り』の勇姿もみたいですね。





祭りの最後は、土俵を囲み、『八月踊り』





子供たちが、歌詞を一生懸命に歌っていました。頼もしい!
地域によって、中心になる年代が違うというのもまた面白いですね。




祭りの最後は、〆の六調。
シマの先生の指笛が響き渡り、会場は一気に盛り上がり、胸が高鳴りました!
子供たちの表情も緊張がとれて、とてもいい顔をしていました。





今回は、埋蔵文化財調査も兼ねて実久集落にお邪魔させていただきました。
この豊かな自然と美しいムラの風景がいつまでも続きますように。





参考文献
松原武実 2004 『奄美 加計呂麻島のノロ祭祀』




2014.10.02
加計呂麻島実久集落
埋蔵文化財調査員 正智子  


2014年10月04日

埋蔵文化財分布調査 『嘉徳集落』

平成26年9月24日(水)、埋蔵文化財分布調査を行いました。

今回の調査地は、『嘉徳集落』



嘉徳集落の海岸線は、“黒っぽい砂浜” と “アダンが群生する砂丘” で形成されています。

現在、奄美群島の海岸では、コンクリートの 『堤防』 が主流になっていますが、
嘉徳集落では、現在でも 『アダン群による自然の防波堤』 を見ることができます。
(アダンの映像遺産はこちら



『瀬戸内町遺跡詳細分布調査報告書』によると、
嘉徳集落では、下記の遺跡が確認されています。

○嘉徳アサト遺跡 (嘉徳遺跡)・・・約4000年前の縄文時代の遺跡
○嘉徳集落遺跡・・・古代~近代の遺跡


***


今回は、集落内の表面採集調査を行いました。

表面採集調査では、
主に畑を歩き、地表面に落ちている遺物【いぶつ】を探します。
なぜかというと、畑では、地面を耕す際に、地中の遺物が地表面に出てくることがあるからです。

畑の耕作で、何気なくよけられた物の中に、
遺物が含まれているということは、
現在、私たちが住んでいる土地に、昔から人が住んでいた証拠でもあるのです。




畑の隅で調査をしていると、青磁を発見!

この青磁は、中国で作られたものです。


こうした調査で得た “遺物” と “採集地点” を地道に調査研究することで、
各時代 の “人々の生活空間” を推測することができます。




今回、表面採集した遺物

土器、中国産の陶磁器,本土産の陶磁器,陶器,貝 
今回の埋蔵文化財調査によって嘉徳集落では少なくとも古代~近代の遺物を採集することができました。


表面採集調査の後は、遺物の水洗作業を行います。
水洗作業の様子は、別の機会にご紹介しますね。



また、せとうちなんでも探検隊シマの紹介』も 調査に並行して更新を行っています。

調査を行いながら、
各集落の紹介も 最新情報を更新していきます。



***

本事業の埋蔵文化財分布調査では、
集落の区長さんに連絡を取り、調査を実施しています。

遺物の採集についても “調査” として行っており、整理・報告後は、公的機関で保管・公開・研究を行います。
個人的な採集は、ぜったいに行わないでください。



【参考文献】
瀬戸内町教育委員会 2005 『瀬戸内町遺跡詳細分布調査報告書』p10~13





***

≪嘉徳集落調査 番外編≫

旧嘉徳小学校を利用している美術館 “ムンユスィ”

看板などが新しくなっていました。
お近くにお寄りの際は、足を運んでみてはいかがでしょうか?



集落内調査中、鳥の鳴き声が。。。

カラスバト
なかなか見ることのできない “カラスバト” なのですが、
この日の嘉徳集落で、見かけた鳥のほとんどが “カラスバト” でした。



さらに、帰りの車中 コロコロっと見えたモノは、

アマミノクロウサギのフン
道の真ん中に転がっていました。



遺物だけでなく、
“集落内の面白いもの” や ”貴重な自然” も発見できた一日となりました。





2014.9.24
瀬戸内町立図書館・郷土館
埋蔵文化財調査員 正智子  


Posted by S.B.I at 08:52Comments(0)埋蔵文化財嘉徳集落