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2018年05月17日

瀬戸内町内の戦争遺跡を観光する皆様へ


いつも「あまみ ヒギャジマン プロジェクト2」をご覧いただきありがとうございます。


***

最近,「瀬戸内町の戦争遺跡」についての問い合わせが増えており,
このことに関しまして皆様へお知らせとお願いがあります。


本ブログでは,これまでに戦争遺跡についての情報を掲載しておりますが,
これらの箇所は『観光地』として紹介しているものではありません。

公園化されていない戦争遺跡での観光は,不法侵入になる場合もありますので,ご遠慮下さい。

また、戦争遺跡は70年以上経過している施設跡であり,いつ崩落するかわかりません
さらに,ハブの出現崖下への転落の可能性も非常に高いです。




以上の事から,瀬戸内町役場より,
下記の点についてお願いがありましたので,お守り下さい。


≪瀬戸内町役場からのお願い≫

①戦争遺跡での観光は,公園化された戦跡公園のみでお願いいたします。
 (ただし,加計呂麻島・安脚場戦跡公園への道路は,2018年5月現在,通行止めとなっております)

②戦争遺跡への観光は,ガイド付きでお願いいたします。
 (ガイドのお問い合わせは,瀬戸内町観光協会へお願いいたします)

③戦争遺跡は,70年以上経過している施設であり,崩落の危険性が非常に高い施設があります。
 また,ハブの危険性もありますので,危険な個所への立ち入りは絶対に行わないで下さい。



瀬戸内町役場観光課
瀬戸内町教育委員会社会教育課  


2015年08月20日

夏の自由研究に!

皆様、いかがお過ごしでしょうか?
8月も後半に入りました。
そろそろ夏休みの宿題や自由研究の追い込みに入っている時期ではないでしょうか?
シマのことについて,もう少し知りたい!調べたい!と思っておられる方は,
どうぞ,以下のwebサイトをご覧ください!


『せとうちなんでも探検隊』 



   ※webサイト内,各カテゴリー掲載の画像をクリックしていただくと,詳細情報を見ることができます。
   ※『せとうちなんでも探検隊』の中身は ↓ の通りとなっております。



シマの時間
ヒギャジマン・ブログの転載記事です。
シマの年中行事や,歴史,シマ独特の用語の説明などを,ご紹介しています。

 シマの生活 / シマの行事 / シマの歴史 / シマの自然




シマの紹介
各集落の歴史,集落空間など,集落情報を見ることができます。

 いろいろな地図 / 古仁屋地区 / 西方地区 / 鎮西地区 / 実久地区




シマの自然
奄美に生息する動植物をご紹介しています。

 シマの自然 / 植物 / 動物 / 昆虫 / 野鳥 / 海洋生物

※「海洋生物」のカテゴリーより ⇒ 「危険生物」
  写真をクリックしていただくと,生物の特徴やかまれた時の症状,応急処置法などを知ることができます。

※ブログ記事より ⇒ 「奄美産の貝類調査」




シマの食
シマの生活にはかかせない行事食や,食材,レシピなどをご紹介しています。

  行事に関する食 / 島の食材 / 島のレシピ / わきゃシマジマン




講座
今までに行った講座の活動記録を公開しています。



***

シマの自然や歴史,文化,郷土料理のレシピなどなど,
皆様にとって役立つ情報であると幸いです。



2015.8.20
隊長 鼎

           


2015年01月09日

戦跡調査『須古茂集落・門崎』

11月25日(火)、加計呂麻島にて戦跡調査を行いました。

前回同様、加計呂麻民泊協議会との合同調査になります。




瀬相港に集合し、調査の打ち合わせを行います。
資料を見ながら、いつごろに作られたものなのか、配備図や地図などを確認していきます。

今回の砲台は、文献資料や聞き取り情報はありますが、埋蔵文化財担当は未確認の砲台になります。



資料によると、
昭和20年3月4日 海面砲台 須子茂完成
と記録されています。
同時期の施設は、与路や先鼻(加計呂麻)、嘉入の砲台の完成記録が残されています。



パッション畑を抜けると、壕の入口が見えてきました。

入口までの道は、事前に民泊協議会さんが伐採してくれていました。


中に入って、さっそく調査開始。
今回は、簡易計測を行い、略図を作成します。

入って4mの所に横方向へ向かう通路がありましたが、


入ってすぐに壁が崩れていました。
奥の方へ続いているのですが、土砂が埋まっていて通ることができませんでした。




入口からまっすぐ斜面になっている通路を進むと、その先には少し広い空間がありました。出入口が土砂に埋もれてはいましたが、外海を見渡せるようになっていました。おそらく、この地点が砲台が設置されていた場所にあたると思われます。



外からみた砲台跡。




さらに、配備地図にある、もう一つの砲台を位置を確認しながら探索。

この辺りか?と思うような場所を探っていくと、



もう一つの砲台跡を発見。

こちらは、開放部の幅が広かったのですが、
土砂が多く侵入していたので、奥の方までは入ることができませんでした。

しかし、入口部分で天井の骨組と思われる鉄などを確認することができました。


砲台の近くには、大きなコンクリート破片が転がっていました。
聞き取りの情報は得られていませんが、現場の状況から、
武装解除の際に、砲台を爆破し天井部分が吹き飛んだのではないか?と考えられます。



はじめての山中の戦争遺跡調査でしたが、

今もなお、加計呂麻島の山中に戦時中の施設が残っていることに驚きました。


ハブと遭遇することなく、無事に皆さんと調査ができました。
昼食で頂いた手作りのお味噌汁がとても美味しかったです。
加計呂麻島民泊協議会の皆様、ありがとうございました。



今回は、未確認の砲台跡を2か所確認することができました。
次回の調査もよろしくお願いいたします。



2014.11.25(火)
加計呂麻島・須子茂 門崎
埋蔵文化財調査員 正智子  


Posted by S.B.I at 10:26Comments(0)加計呂麻島戦争遺跡

2015年01月07日

水中写真展示『大島海峡の生き物たち』

12月20日(土)より、
瀬戸内町立図書館・郷土館2階にて、
水中写真展示会『大島海峡の生き物たち』を開催しています。
年末年始の休館日をはさみ、年明け、1月5日(月)から開館しています。

郷土館内への入口には、海中の風景が加わり、
より奄美の歴史や文化、自然を楽しめる空間を作り出しています。



今回の写真は、
瀬戸内町で2001年からダイビングガイドとして潜り続けてきた伊藤公昭氏自身が撮りためた貴重な水中写真をご提供くださいました。
昨年、ヒギャジマンプロジェクトでも紹介していましたホームページ“せとうちなんども探検隊”では、
海中風景や大島海峡のミステリーサークルなど多くの情報をいただいています。

ウミウシ、甲殻類、魚類、生態シーン、海中風景など色彩豊かな生き物たち約100点が並びました。
さらに、大島海峡のミステリーサークルを作るとして話題になった、
新種のフグに2014年9月正式和名がつきましたので、こちらも紹介しています。

豊かな大島海峡の生き物たちのかわいらしい表情をとらえたシーンなど間近でみることができる機会ですので、
ぜひ瀬戸内町立図書館・郷土館へお立ち寄りください。

図書館・郷土館展示は、1月18日(日)までです。(通常月曜日は休館日)
多くの皆さんのご来館をお待ちしております。  


Posted by S.B.I at 08:58Comments(0)おしらせ

2015年01月05日

奄美産の貝類調査

あけましておめでとうございます
本年も、よろしくお願いいたします



昨年7月より、実施している埋蔵文化財調査ですが、
採集した遺物をより詳しく把握する為に遺跡周辺の環境や生物等の調査も同時に行っています。

『貝類』資料は、
遺跡周辺で獲れる貝種を知る事を目的に製作していますが、
採集した遺物との比較だけでなく、今後の様々な活動にも活用していく予定です。


貝類は、貴重な食料源として、身を食べるだけでなく、貝殻を魔よけや祭事、装飾品、副葬品などに利用されてきました。こうした南海産貝類を求め、古くは縄文時代から、人々は大海原を越え南西諸島へと渡ってきていたと考えられています。


想像すると、すごいですね。
南西諸島は、島々が連なっています。
それぞれの島の魅力が、その当時からあったのかも知れませんね。。。




アワビ、イモガイ科ニシキミナシ、不明
サザエ科ヤコウガイ、サザエ科チョウセンサザエ、アクギガイ科シラクモガイ
集落内や海岸で拾った貝殻の種類と合わせて様々な種類を集めています。

*表面に落ちている貝殻からは、いつの時代に捨てられたものかを特定することは困難です。
ただ、割れ方などを観察すると、自然に割れたものなのか、人の手によって割られたものなのか、推測出来るものもあります。



また、水中の貝類調査と同時に周辺環境調査も行っていきます。(出来るかぎり)
目的の貝類は、遺跡から発掘されるものですが、
なかなかすぐにみつかるものではありませんね。。。


左上から、イモガイ科・タケノコガイ科シチクガイモドキ、トウカムリガイ科トウカムリ
左下から、スイショウガイ科クモガイ、ジャコガイ科ヒレシャコガイ、イタボガキ科シャコガキ

生きた貝類のデータを取れることは、これまでの調査でもなかなか出来なかったこと。
運良くも調査員3名ともダイビングのライセンス保持者ということで、
この機会に水中調査も実施し撮影を試みることとなりました。


*水中調査では、生きた貝類の採取は一切おこなっていません。
 ルールを守って観察しましょう。


限られた時間内での調査で、どれだけの海中生物と遭遇するかわかりませんが、
瀬戸内町の海の中も紹介できるよう進めてまいります。



2015.1.5
瀬戸内町立図書館・郷土館
埋蔵文化財調査員 正智子  


Posted by S.B.I at 07:00Comments(0)自然

2014年12月31日

曽津高埼灯台

明治29年11月に、奄美群島の灯台で最初に設置、点灯されたのが、

瀬戸内町の最西端にある

曽津高埼灯台【そっこうさきとうだい】

初代の灯台は、高さ約9.9mの八角形で鉄製と記録されています。

明治27・28年の日清戦争(現在の中国と日本の戦争)により、
日本国の領有となった台湾の経営・開発上緊急に航路を整備する必要から、
九州以南の屋久島灯台をはじめ釣掛崎灯台、沖縄の伊江島灯台、先原埼灯台などとともに建設された
いわゆる台湾航路灯台のひとつとして建設されました。





明治44年6月の喜界島地震(M8.2)で一部損壊し、レンガつくりに改築。

現在、このような建物跡が残っており、旧灯台跡の可能性が考えられています。
さらに、
調査中の文献資から、『望楼』というワードと「設置地域」がでてきました。
望楼とは、見張り台の施設のようですが、どのような施設なのか現在のところ不明です。
今後の調査で分かってくるかもしれません。



戦時中(昭和20年頃)、再三にわたり空襲を受けたため、

灯台を取り囲む塀には、銃弾の跡が生々しく残っています。


記録によると、空襲の激しさが増した昭和20年3月頃、
灯台の重要部分である「レンズ」を守るために、燈台付近の山中にレンズを埋めたようです。
終戦後、埋めた場所を発見することができず、灯台を復旧することができませんでしたが、
昭和25年に古仁屋警察の立会いのもと、レンズを発見、再度灯台の灯が灯されることになりました。


復帰前(昭和28年7月)には、琉球政府が四角垂型のコンクリート製の灯台を建立。


昭和63年2月、現在の姿である近代的な白い灯台に生まれ変わりました。

今でも、定期船や貨物船、地元漁船や遊漁船などの安全航行を見守り続けています。



****

11月6日(木)、西方の戦跡調査を行い、簡単な計測など行いました。
想像以上に弾痕の跡が多く、驚きました。


調査中、

銃弾が残っている箇所も確認することができました。



奄美群島で最古の曽津高崎灯台。
約120年前から、何度も改築されながら、現在もこの地に存在し、航海の安全を見守っています。

今は消えることのない、灯台の明かりが、
灯されることのない時期があったんですね。


奄美群島を航海する船に乗る機会がありましたら、
歴史の流れを夢想しながら、曽津高崎灯台の灯火を眺めてみてはいかがでしょうか。





参考文献
瀬戸内町誌歴史編資料集1
西古見集落誌





2014.12
瀬戸内町立図書館・郷土館
埋蔵文化財  


Posted by S.B.I at 07:00Comments(0)戦争遺跡

2014年12月27日

H26年度『埋蔵文化財調査 速報』

平成26年11月23日(日)
瀬戸内町立図書館・郷土館にて

『図書館・郷土館まつり』が開催されました。
多くの方々に、ご来館いただきました。ありがとうございました。



『図書館・郷土館まつり』で、埋蔵文化財調査班は、
「調査速報」としまして、平成26年9月~11月現在までの調査記録を展示公開しました。


『図書館・郷土館まつり』が終わった今現在も、引き続き
公開資料として展示していますので、
お近くにお越しの際は、ぜひお立ち寄り、閲覧ください。
調査途中の速報ですので、空欄や誤字などもございますが、今後の調査成果も随時掲載し、
更新してまいりますので、瀬戸内町立図書館・郷土館にお立ち寄りの際は、ぜひご覧ください。


また、埋蔵文化財や戦争遺跡などについての情報がありましたら、アンケートにもご協力お願いいたします。





2014.12.27
埋蔵文化財一同
  


Posted by S.B.I at 16:12Comments(0)おしらせ

2014年12月04日

埋蔵文化財調査『請島・池地集落』

平成26年11月15日(土)、埋蔵文化財調査で、
請島にある『池地集落』へ向かいました。



今回は、電波塔工事の現場立ち合いに同行。
立会工事終了後に、集落内の埋蔵文化財分布調査を行いました。

工事近くの道では、道をを境に浜側と山側で、土(砂)の質が全く違っています。
道より山側は、土(粘土質)で湿地帯。海側は砂になっていて、砂丘が形成されていました。


これまでの調査から、
昔の人々は、砂丘を中心に生活を営んでいたことがわかっています。
こうした目線で、集落内を見ていくと、
現在の地形や地質から、当時の風景を想像する事ができて、だんんだん面白くなってきます。



今回も、集落全体をくまなく歩き、調査を行いました。



すると、道路わきの砂地から

土器のカケラ発見!
その他にも、様々な遺物を採集することができました。

今回、採集した遺物はまた後日掲載いたしますね。


また、シマの方々からも、貴重なお話を聞かせていただくこともできました。
ご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました。



≪番外編≫

この浜は、池地集落の西側に位置する 「ナカンマ(浜)」


以前、鼎隊長が調査を行った場所です。




アダンの砂丘が特徴的な砂浜です。
浜辺を歩いていると、
砂浜がキラキラと輝く光景が目に飛び込んできました。
こんな浜があったなんて!!と、感動してしまいました。

そして、
浜には、鳥の足跡が!

所々歩いては突っつき、歩いては突っつき
餌を探して歩き回っているようです。

鳥やヤドカリの足跡しかない浜。
生き物たちが安心して暮らせる、とても素晴らしい環境なんですね。



また、池地集落を流れる川は6本あります。

ここは、そのひとつ。集落の中心部を流れる、池地川(ミナトグゥ)。

川面に着くほど大きな枝ぶりのデイゴが生い茂っています。
近くには、真っ赤な消防車があり、ここの静かな風景にインパクトを与えてくれています。

デイゴと消防車を見ていると、
『ここ、前にも来たことあった!』と、以前に来島した際の記憶がよみがえってきました。



毎回のことですが、集落内は美しく整備されています。
山があり、海があり、川があり、その中に人が暮らしている。

人間の原点がここにある。そう思わせてくれる、不思議な空間でした。



2014.11.15
請島 池地集落
埋蔵文化財調査員 正智子

  


Posted by S.B.I at 14:39Comments(0)請島埋蔵文化財

2014年11月27日

平成26年度 奄美考古学会

平成26年8月31日(日)に
平成26年度『奄美考古学会』 
が,鹿児島県立埋蔵文化財センターで開催されました!

かなり,遅くなりましたが,簡単にご報告させて頂きます。



通常は,奄美群島内で開催している『奄美考古学会』ですが,
今回は,鹿児島県立埋蔵文化財センターさんのご協力により,霧島市で開催することができました。
関係者の皆様は,お忙しい中の貴重なお休みにも関わらず,多大なるご協力いただきました。
本当にありがとうございました。



さて,今年度で復活してから5回目となる奄美考古学会ですが,ここ数年台風に悩まされ続けていました。
三年前の奄美大島瀬戸内町,与路島巡検の予定が,台風の余波で船が出ずに加計呂麻島巡検になりました。
ニ年前の徳之島伊仙町は,台風のため参加者が閉じ込められることに…
昨年も台風の影響で開催できず。

今年はどうか?
と,危惧していましたが,快晴のもと開催することができました。

待ちに待った開催?ということもあり,
予定人数を超える参加者に事務局も驚きました!
むしろ,奄美群島のメンバーよりも,鹿児島・種子島・沖縄・熊本・福岡と奄美群島外の皆様のご参加が多く,
奄美のことについて,多くの方々が関心を持っていることを再確認しました。





今回の奄美考古学会のテーマは,奄美群島の古代です。
古代の奄美群島の人々は,兼久式土器という土器を使用していました。
底部に葉っぱの痕がついているのが特徴の土器です。
この頃の奄美群島は,ヤコウガイを集めていたと言われており,
都の貴族や中国大陸との関連も考えられています。




こうした時期の奄美群島を,各地の研究者が最新情報を持ち寄り,
広く情報交換し,検証してみようという目的で,下記の報告等が行われました。



*****



調査速報1では,喜界町の澄田直敏さんが,
「喜界町の発掘調査近況」を報告されました。




近年の喜界島では,今までの南西諸島の常識を覆す発見が相次いでいます。

今回の発表は,喜界島の古代の遺跡を中心にご報告頂きました。
様々な遺物や喜界町の発掘調査状況の報告に参加者一同,興味深々でした。
今後,新聞等で詳細な発表が行われると思います。





研究発表1では,志布志市教育委員会の相美伊久雄さんが,
「志布志湾北岸域における7~9世紀の甕形土器について」を発表されました。


奄美群島の兼久式土器は,底部に葉っぱの痕がついているのが,特徴ですが,
同時期の志布志湾北岸域でも同じような葉っぱの痕を持つ土器が確認されています。


その最新情報について、ご報告がありました。
この頃の志布志湾の土器と兼久式土器が,どのような関係にあるのか,
今後の調査研究が不可欠ですが,同時期に同じような土器を使用している点など,興味深い報告でした。





研究発表2では,わたくし,瀬戸内町教育委員会の鼎丈太郎が,
「奄美群島における兼久式土器研究の現状について」を発表しました。

奄美群島の古代期に使用されていた兼久式土器の研究状況をまとめ,問題点などを発表しました。
今後,各研究者で情報共有し,広域で研究していく必要性をお話しさせて頂きました。





研究発表3では,鹿児島大学埋蔵文化財センターの新里貴之さんが,
「貝塚時代後期の交流・生業・社会」を発表されました。





貝塚時代とは,沖縄諸島で使用されている時代区分で,先史時代を指す言葉です。
貝塚時代後期は,弥生時代中期~奈良・平安時代頃になります。

漁撈採集社会であったと考えられる奄美・沖縄諸島の社会変化の可能性について,
主に交流・交易の観点から発表されました。
縄文時代前期から奈良・平安時代という長い期間の,島々の交流や社会変化の可能性について
通史的に発表,今回の学会テーマに深みを持たせる内容の発表でした。





学会の発表内容は以上ですが,会場にて鹿児島県立埋蔵文化財センター所蔵資料も展示していただいたので,
休憩や昼食の間,遺物を前に活発な意見交換が行われました。
むしろ,こちらがメインかとも思われるメンバーによる意見交換。。。









学会後は,上野原縄文の森も見学しました。


ここでも一番人気は,南西諸島の遺物でした。
南西諸島研究をリードしている面々。食い入るように遺物を見つめ、意見交換。



また,埋蔵文化財センターのご厚意により,河口コレクションを実見させていただきました。
永らく鹿児島考古学会を牽引されていた,河口貞徳先生のコレクションは,現在鹿児島県立埋蔵文化財センターで整理されています。
多くの指標土器(年代や模様の目安になる土器)が含まれています。
もちろん,奄美群島の資料も多く含まれています。

写真や本でしか見ることの出来なかった資料が,直に見れるということもあり,参加者一同,テンションがあがっていました。





今回の奄美考古学会は,本当に多くの方々にご参加頂きました。
最新情報の報告や発表だけでなく,実物を見ながら,多くのメンバーで意見を交換することが出来ました。
今後の奄美群島の研究に活かしていけるよう,担当者レベルでも連携を強めていきたいと思います。

今回の開催により,奄美群島の考古学に対し,各地の多くの研究者が注目していることを再確認することが出来ました。
鹿児島でも沖縄でも無い,しかしどちらとも関連している奄美群島の研究成果は,これからもっと注目されていくと思います。
来年度も有意義な奄美考古学会になるように,事務局側も努力していきたいと思います。




2014.8
隊長鼎(奄美考古学会 事務局)

  


Posted by S.B.I at 10:12Comments(0)埋蔵文化財

2014年11月12日

戦跡調査「安脚場集落」

10月23日(木)、戦跡調査を行いました。
今回は、『安脚場集落』を調査しました。海上からの戦跡周辺の撮影も実施しました。


加計呂麻島安脚場集落への入口
金子手崎(奥)、待網崎(手前)


金子手崎に近付くと、海上から「海軍防備衛所」が見えました。
現在の安脚場は公園化されていて、見晴らしのよい展望となっています。




安脚場海域
反対側の半島は、灯台がある「待網崎」



「待網崎」

砲台が設置されていましたが、現在は建物などは残っていません。
公園化されていますので、砲台跡まで歩いていけるように整備されています。



「海軍防備衛所」
関連記事 SBI講座「瀬戸内町の戦争遺跡について」
以前の記事でもご紹介しましたが、骨組が鉄筋でなく木でできているため、
たいへんもろい状態となっています。



「金子手崎」より「皆津崎」方面をのぞむ


大島海峡の東側海域では、
「待網崎」「金子手崎」「皆津崎」の3カ所に様々な砲台が設けられ守られていました。


****
9月19日(金)ダイビングガイド中に
安脚場海域で銃弾を発見したと加計呂麻島の須崎さんから報告を頂きました。


写真はその時のものを提供していただきました。
この日見たのは、2回目でだいたい同じ場所で見ているので、砂に埋もれているのかも知れないということでした。


銃弾が確認された周辺環境

今回の潜水では、銃弾は確認できませんでした。
月日が経っているとはいえ危険物ですので、
水中で見つけても絶対に触らないようにしてください。
もし見つけた時は、瀬戸内町立図書館・郷土館 担当 鼎(カナエ)までご連絡ください。



今回の水中調査は、埋蔵文化財の調査の一環で調査を行いました。
もう少しデータが揃いましたら、こちらもご紹介したいと思います。


2014.10.23
加計呂麻島安脚場
埋蔵文化財調査員 正智子